5分でわかる19世紀の思想
19世紀の思想は、大きく四つに整理できます。自由主義、社会主義、ナショナリズム(民族主義)、そして進化論です。自由主義は「権力を法で縛り、個人の権利を守る」考え方、社会主義は「経済の不平等を社会の仕組みで正す」考え方、ナショナリズムは「同じ言葉と歴史を持つ人々が自分たちの国を治める」考え方、進化論は「生き物は長い時間をかけて変化してきた」という科学の考え方です。
この四つは1815年から1914年ごろのヨーロッパで強まり、やがてアメリカ大陸やアジアにも広がりました。このページは出来事そのものではなく、出来事の背後にあった考え方を整理するための入口です。出来事の流れは世界史1700〜1918年:革命・産業・帝国・戦争で確認できます。
なぜ19世紀に新しい思想が生まれたのか
きっかけは二つの大きな衝撃でした。一つは1789年に始まったフランス革命とナポレオン戦争です。王が倒れること、身分に関係なく国民が兵士や有権者になりうることが、現実に示されました。もう一つは産業革命です。農村から人々が工場のある都市に集まり、工場を持つ資本家と、賃金で働く労働者という新しい階級が生まれました。
1814年から1815年のウィーン会議では、オーストリアのメッテルニヒらが中心となって、革命前の王政と国境を取り戻そうとしました(ウィーン体制)。しかし、「誰が国を治めるのか」「新しくできた富は誰のものか」「国民は何でまとまるのか」という問いに、古い秩序は答えられませんでした。四つの思想は、この問いへのそれぞれの答えです。
自由主義:権力を縛り、個人を守る
自由主義は、憲法、議会、言論と出版の自由、財産権の保護を求めました。経済ではアダム・スミス(1776年『国富論』)やリカードの流れを受け、自由貿易と市場の自由を重んじました。イギリスではベンサムが功利主義を唱え、「最大多数の最大幸福」を基準に法や制度を見直すよう求めました。その考えを受けついだジョン・スチュアート・ミルは、1859年の『自由論』で「社会が個人の自由を制限してよいのは、他人に害が及ぶ場合だけだ」と論じ、1869年の著作(The Subjection of Women)では男女の平等を主張しています。
ただし、初期の自由主義は民主主義と同じではありませんでした。多くの自由主義者は、投票権を財産のある男性に限るべきだと考えていたからです。イギリスの1832年の第1回選挙法改正は有権者を増やしましたが、それでも大多数の男性には選挙権がありませんでした。1846年には穀物法が廃止され、自由貿易の勝利と呼ばれました。大西洋の向こうでは、自由主義と民族の自立の理想が独立運動を支えました。くわしくはラテンアメリカの独立(1791〜1826年)で読めます。世紀が進むにつれて、選挙権、学校教育、市民的権利は少しずつ多くの人に広がっていきました。
社会主義:経済は政治の問題だ
社会主義は、産業社会の厳しい現実への反発から生まれました。長い労働時間、安い賃金、子どもの労働、不衛生な住宅。こうした問題を、個人の努力や市場の働きだけでは解決できないと考えたのです。初期の思想家であるサン=シモン、フーリエ、そして工場経営者でもあったロバート・オーウェンは、計画的で協同的な社会を構想しました。のちにエンゲルスは、これらを「空想的社会主義」と呼びました。
これに対し、マルクスとエンゲルスは1848年の『共産党宣言』で、歴史は階級どうしの対立によって動くと主張しました。資本主義が生んだ労働者階級(プロレタリアート)が、やがて生産手段を握ると考え、この立場はのちに「科学的社会主義」と呼ばれます。マルクスの『資本論』第1巻(1867年)は、利潤が労働者の働きから生まれる仕組みを分析した本です。
社会主義は革命だけを意味したわけではありません。1864年にロンドンで第1インターナショナル(国際労働者協会)が結成され、各国の労働者が連帯を試みました。1871年にはパリ・コミューンという急進的な自治政府が成立しましたが、約10週間で武力によって倒されました。ドイツでは、ビスマルクが1878年から1890年まで社会主義者鎮圧法で運動を抑えようとしましたが、社会主義者は選挙を通じて大きな政党を育てました。19世紀末には、改革で進むのか革命で進むのかという議論も起こります。また、プルードンやバクーニンのように、国家そのものを否定するアナーキズムの流れもありました。
ナショナリズム:民族が自分たちの国を持つ
ナショナリズムは、政治の基本単位は言語・歴史・文化を共有する「国民」や「民族」だと考えます。ドイツのヘルダーは、それぞれの民族の言語と民間の伝承に独自の価値があると説きました。ナポレオンに攻め込まれた地域では、かえって民族意識が高まります。ドイツ人のフィヒテが1807年から1808年にベルリンで行った連続講演『ドイツ国民に告ぐ』は、その代表例です。
ナショナリズムは、自由を求める力にも、他国を押しのける力にもなりました。1831年、マッツィーニは「青年イタリア」を結成して共和国をめざしました。しかし実際のイタリア統一は、サルデーニャ王国を中心に進み、1861年にイタリア王国が成立し、1870年にローマが加わりました。ドイツはプロイセンの主導で統一され、1871年1月18日、ヴェルサイユ宮殿でドイツ帝国の成立が宣言されました。ギリシアは1821年に始まる戦争を経て、オスマン帝国から独立しました。
一方、オーストリア帝国やオスマン帝国のように多くの民族をかかえる国にとって、ナショナリズムは国を割りかねない危険な力でした。世紀の終わりには、ユダヤ人の国家を求めるシオニズムの運動が起こり、1897年にバーゼルで第1回シオニスト会議が開かれています。後半になると、ナショナリズムは列強どうしの競争とも結びつき、1914年に始まる第一次世界大戦の背景の一つになりました。
進化論:生命の新しい物語
1859年11月24日、チャールズ・ダーウィンは『種の起源』を出版しました。中心にあるのは自然選択(自然淘汰)の考え方です。生き物には個体差があり、生まれた数のすべてが生き残れるわけではありません。生き残って子を残しやすい特徴が受けつがれることで、種は長い時間をかけて変わっていきます。アルフレッド・ラッセル・ウォレスも同じ考えに独自にたどり着き、1858年に二人の研究が合同で発表されました。1871年の『人間の由来』では、この考えが人間にも当てはめられました。
この理論は、聖書の創造の物語を文字どおりに信じる人々を動揺させました。一方で、ライエルの『地質学原理』(1830〜1833年)が地球の古さをすでに示していたこともあり、生物学を支える土台にもなりました。しかし進化論は政治にも持ち込まれます。「適者生存」という言葉を1864年に使ったスペンサーらは、生存競争の考えを人間社会に当てはめました。これが社会ダーウィニズムで、不平等の擁護、帝国主義の正当化、人種差別的な理論に利用されました。ダーウィンの科学がそうした結論を必要としたわけではなく、当時も今も多くの人が批判しています。
思想がぶつかり合った19世紀
四つの思想は、手を組むことも、争うこともありました。1848年のヨーロッパ各地の革命は「諸国民の春」とも呼ばれ、フランス、ドイツ諸邦、オーストリア帝国、イタリアで蜂起が広がりました。自由主義者とナショナリストは同じ側に立つことが多く、憲法の制定と民族の自立を同時に求めました。同じ年に『共産党宣言』が出ると、労働者の要求におびえた中産階級の自由主義者が保守的な支配者の側につく場面もあり、革命の多くは短期的には失敗しました。
その後、政府はナショナリズムを味方につける方法を学びます。ビスマルクがその例です。社会主義政党や労働組合は、自由主義者が広げた選挙権を使って力をつけました。進化論は列強に「進歩」や「文明化」という言葉を与え、すべての人に平等な権利を認める自由主義の理想と食い違いました。この時代の芸術に思想がどう映ったかは、19世紀の芸術と文化:ロマン主義からベル・エポックまでで読めます。
日本への影響
これらの思想は、ヨーロッパの外にも広がりました。明治の日本では、福沢諭吉が『学問のすゝめ』(1872年に初編)で人間の平等と学問の大切さを説きました。中江兆民はルソーの思想を紹介し、自由民権運動を支える議論の一つになりました。進化論は1877年にアメリカ人のモースが東京大学で紹介したとされ、のちに加藤弘之が『人権新説』(1882年)で社会進化論の立場から天賦人権論を批判しました。こうして、自由・平等・国家・進化をめぐる議論が、日本の議会や憲法をめぐる論争にも入り込んでいきました。
試験に出るポイント
共通テストなどの世界史では、思想・人物・年代の組み合わせがよく問われます。次の点を押さえましょう。
- 自由主義:ベンサム(功利主義)とミル(1859年『自由論』)。1832年の第1回選挙法改正、1846年の穀物法廃止。
- 社会主義:空想的社会主義(サン=シモン、フーリエ、オーウェン)と科学的社会主義(マルクス、エンゲルス)の違い。1848年『共産党宣言』、1864年第1インターナショナル、1867年『資本論』、1871年パリ・コミューン。
- ナショナリズム:1848年の「諸国民の春」。イタリア統一(サルデーニャ王国、カヴール、ガリバルディ、1861年)とドイツ統一(プロイセン、ビスマルク、1871年)の比較。
- 進化論:1859年『種の起源』、自然選択、社会ダーウィニズムが帝国主義を正当化したこと。
- 論述:「産業革命が社会主義を、ナポレオン戦争がナショナリズムを強めた理由」を一文で説明できるようにしておきましょう。
年号は1848年と1859年を核にすると覚えやすくなります。1848年は『共産党宣言』と諸国民の春、1859年は『種の起源』と『自由論』です。
次に読む
ラテンアメリカの独立(1791〜1826年):自由主義と民族の理想が、アメリカ大陸で実際の革命になっていく過程がわかります。
19世紀の芸術と文化:ロマン主義からベル・エポックまで:同じ時代の思想や不安が、絵画・音楽・文学にどう表れたかを読めます。
世界史1700〜1918年:革命・産業・帝国・戦争:これらの思想を、時代全体の出来事の流れの中に置いて確認できます。