ナポレオンの身長は、およそ168〜170cmと説明するのが妥当です。極端に背が低かったというイメージは、史料に報告された数値とは合いません。ただし、残る記述や換算値から、生涯を通じた身長をミリメートル単位で断定することもできません。数値の出所、単位、描かれ方を分けて確かめてみましょう。
168〜170cmという答えはどこから来るのか
Fondation Napoléonのサイトに掲載されたマルセル・デュナンの1963年の記事は、マルシャンの回想録に帰せられる記述を紹介しています。旧フランス単位で5ピエ、2プース、4リーニュとあり、換算値として1.686mを示します。同じ記事は、ダーリングによる英単位の5フィート7インチという記録も紹介し、約1.70mとしています。ここで参照しているのはデュナンの記事であり、回想録やダーリングの原記録を直接確認した結果ではありません。
ティエリー・レンツの2018年の記事にも1.686mが出てきますが、元の表記の末尾は3リーニュです。デュナンの4リーニュと一致しません。両者を同じ原記録からの転記と断定したり、どちらかを無断で訂正したりせず、記述の差として残す必要があります。約168〜170cmという幅は、こうした報告を読むための目安であり、厳密な測定誤差の範囲ではありません。
数値の出所は、デュナンの身長についての記事とレンツのナポレオンは小柄だったのかという解説で比較できます。小数点以下の桁が多いことと、測定そのものが精密であることは別です。古い単位から計算した値にも、元の記述や測定条件の限界は残ります。
フランスのピエを英語のフィートに置き換えない
旧フランスのピエ、プースと、英語のフィート、インチは、対応する名前でも長さの基準が違います。古いフランスの表記を英単位として読めば、換算結果も変わります。記事から「5フィート2インチ」という数字だけを抜き出すと、どの単位の話なのか、細かいリーニュの記述が省かれているのかも分からなくなります。
換算は、測定結果を別の表記に移す作業です。新しく身体を測り直すことではありません。二つの記事の数字が違うときは、測定値の違いなのか、単位の違いなのか、端数の省略なのかを先に調べます。出所が不明なまま平均を取ると、問題を解く手掛かりを消してしまいます。
当時の誰と比べるのか
レンツは当時のフランス歩兵の徴集兵について1.65〜1.69mという比較を挙げています。この説明に照らせば、ナポレオンを際立って小柄とする根拠は乏しいといえます。ただし、徴集兵の範囲を、そのままヨーロッパ全男性の平均と呼ぶことはできません。現代の感覚を持ち込んで評価する場合も、別の比較対象を使っていると意識する必要があります。
レンツが指摘するように、長身の近衛擲弾兵や高い帽子のそばでは、同じ人物でも相対的に小さく見えます。絵の中の隣人は、人口全体を代表する標本ではありません。また、「小さな伍長」という呼び名だけでは身長を測れません。愛称の語義から具体的なセンチメートルや本人の劣等感を導くことは避けましょう。
リトル・ボニーは風刺画の人物像
ナショナル・ポートレート・ギャラリーのギルレイとナポレオンの解説によれば、ジェームズ・ギルレイはナポレオンを直接観察せず、フランスの版画を参考にしました。1803年に登場したリトル・ボニーの人物像は、他の風刺画家にも引き継がれました。これは表象が作られた経緯についての証拠であり、本人の身長を測った証拠とは種類が違います。
大英博物館の作品目録にあるThe plumb-pudding in dangerは、1805年2月26日付の手彩色エッチングです。ピットとナポレオンが、地球に見立てたプディングを切り分けています。ピットは長身で痩せ、ナポレオンは小さめで大きな帽子をかぶる姿に描かれます。身体の対比は政治的な風刺の一部です。絵の中の頭身から実際の身長を計算したり、すべての読者が同じ印象を持ったと決めつけたりはできません。
異なる数字に出会ったときの読み方
ここからはFiveMinReadの仮想の読書例です。検索結果の一方に5フィート2インチ、もう一方に5フィート7インチとあったとします。すぐに片方を誤りと決める代わりに、簡単なメモを作って元の記事を開きます。
- 誰の測定や記述なのか、記事が原記録を示すのか、別の著者の紹介を引用するのかを書きます。
- フランス旧単位か英単位か、センチメートルへの換算がすでに行われているかを確認します。
- 測定の時点や条件、端数、原文の表記が分かる範囲を記録します。不明な部分は不明と残します。
- 数値の記録と、愛称や風刺画による印象を別の欄に置きます。
「5フィート」という言葉だけで比較した二つの数字も、出所をたどると別の単位だと分かるかもしれません。反対に、同じ換算値でも細かい記述が一致しないことがあります。確認できた部分を答えに使い、確認できない部分を埋めないことが、この例で試したい読み方です。
換算済みの数字を、元のフランス単位だと思ってもう一度換算するのも避けたい間違いです。メモでは「記事が示す原表記」と「記事が示す換算値」を二行に分けると、どの段階の数字を使っているか確認できます。書かれていない端数を補って、もっともらしい精度を加える必要はありません。同じ記事を参照する二つのページも、独立した二回の測定と数えないでください。
身長だけで、戦争の動機や性格を説明することもできません。「ナポレオン・コンプレックス」という名称を、本人についての診断や低身長の人々への一般論の根拠に使うのは、この史料の範囲を超えます。本文のバナーも身長の証拠として扱わず、記事のイラストとして見てください。
次はデュナンとレンツの単位表記を並べて読み、博物館の作品説明が何を記録しているかを比べてみてください。続けて読む記事は日本語の記事一覧から探せます。